仕事が頭から離れない本当の理由|カウンセラーが実体験で気づいたセルフイメージの影響とは

こんにちは
自己理解、自己受容の専門家、心理カウンセラーのマユです。
「休みの日なのに、仕事のことが頭から離れない」
「本当は休みたいのに、気づけば仕事のことばかり考えてしまう…」
あなたもこのような経験をしたことはないですか?
じつは、休みの日なのに仕事のことを考えてしまうことに悩んでいる人は少なくありません。
心理学では、何かが気になって同じことを頭の中でぐるぐると考え続けてしまう状態を「反芻思考」と呼びます。多くの人が一度は経験したことのある思考のパターンの一つです。
ただ、この状態の背景には単なる「仕事量の多さ」だけではなく、もっと深い心理的な理由が隠れていることがあります。
それが、自分でも気づいていない“思い込み”です。
この記事を読むことでわかること
- 仕事のことが頭から離れない理由
- セルフイメージが私たちに与える影響
- 私の体験談と反芻思考が楽になるための最初の一歩
ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
仕事を考え続けてしまう本当の理由
仕事のことが頭から離れないとき、私たちはつい「仕事が忙しいから」「責任感が強いから」「真面目すぎるから」と考えがちです。
もちろん、それも一つの要素かもしれません。
けれども、そこを丁寧に見ていくと、表面的な忙しさの奥に、自分でも気づいていないセルフイメージが隠れていることがあります。
セルフイメージとは、簡単に言うと「私はこういう人間である」という、自分自身へのレッテルのことです。
アドラー心理学では「自己概念」と呼ばれ、「私は〜である」という自分自身への信念のことです。
このセルフイメージは、大人になってから作られるものではなく、幼い頃に経験したことを、子どもなりに解釈することで作られていきます。
「怒られた。私はダメな子なんだ」
「うまくできなかった。私には才能がないんだ」
そうした小さな解釈が積み重なって、「私はこういう人間だ」という像が出来上がっていく。
問題は、そのセルフイメージを大人になっても気づかず持ち続け、不具合を起こしてしまうことです。
子どもの頃に作られた解釈が、今の自分にはもう当てはまらなくなっているのに、気づかないまま信じ続けてしまっている。
そのズレが、さまざまな生きづらさの根っこにあることがあるのです。
そんな自分を振り返っていく中で、私はある共通のパターンに気づきました。
それは「私は無能である」という思い込みでした。
その思い込みが生み出していた”おそれ”
ここでアドラー心理学の「目的論」という考え方を借りてみたいと思います。
人の行動や思考には、必ず何らかの「目的」がある、という見方です。
では、仕事のことを考え続けることの「目的」とは何でしょうか。
私自身を振り返ったとき、こんな答えが出てきました。
「仕事ができる自分」でいるため。
常に戦略を考え、準備を怠らず、隙を見せない。それは一見、仕事への責任感のように見えます。
でも、その奥には別の動機が隠れていました。
私は無意識のうちに「私は無能である」というセルフイメージを持っていました。
そして、そのことが人にバレてしまうことを、極度に恐れていたのです。
その恐れが、頭を働かせ続けさせていました。
仕事のことが頭から離れないのは、意志が弱いからでも、真面目すぎるからでもない。
自分でも気づかないうちに、「恐れ」から思考を動かし続けていたのです。
私自身も仕事のことが頭から離れなかった
私自身、管理職になった頃は、家に帰っても休みの日でも常に仕事のことばかり考えてしまう状態でした。
全然休まらず、休みの日には「掃除をしなきゃ」と思っているのに、気づけば仕事のことばかり考えてしまい、結局何も手につかない。そんな日も多くありました。
あるとき、子どもたちが休みで家にいる朝のことです。
気づいたら、こんな言葉が口をついて出ていました。
「あー、早く帰りたい!」
一瞬、自分でもおかしいなと思いました。
帰りたいって、まだ家にいるのに何で??
でも、その言葉を言いたくなったし、その言葉がしっくりきたのです。
この疑問をずっと抱えたまま、何年もの時間が過ぎました。
そしてあるとき、ようやくわかったのです。
あのとき私の頭は仕事のことでいっぱいで、「今ここ(自分の身体がある、この瞬間)」、つまりは家の中にいることができていなかったのです。
本当は家にいて休まるはずの場所なのに、頭の中ではつねに、自分が無能であるということがバレることへの恐れがあり、自分で自分を監視し、緊張状態で過ごしていました。
不安やおそれに引っ張られた思考は、過去や未来へと意識を飛ばし、今という時間には意識がない状態となります。
家に帰りたいと無意識に言葉にすることで、「今おかしな状態ですよ」「安心したい」という心からのSOSだったのです。
思い込みに気づいたあとは問いかけてみる
「私は無能である」という思い込みがあることに気づいてから、私は一度立ち止まって考えてみました。
本当に私は無能なのだろうか。
どんな時、無能だと感じているのか、まずはそこを見ていきました。自分が何をしたことに対して無能だと思っているのか、書き出すと納得できました。
- 仕事がうまくいかなかったとき
- 上司に間違いを指摘されたときなど
そしてさらに、逆のことも見てみることにしました。「無能である」という思い込みに反する事実が、本当にないのかどうか。
最初は「ない」と思いました。
でも丁寧に探していくと、確かにあったのです。
仕事で自分の能力を発揮していたこと、まわりの人の反応なども見えてきました。
ないと思っていた、それぐらい強力な思い込みの中にいると、そういった事実は自然と見えなくなってしまう。そのことに気づいたのです。
自分に「無能だ」とレッテルを貼っていたことに気づき、事実を丁寧に見ていきました。
仕事ができる自分も、できない自分も、どちらも確かにある。それがあたりまえの人間の姿なのだと。
子どもの頃に自分のことを無能だと思い込んだことで、必死に自分を守ろうとしていた無意識さんに対して
「まわりにバレるのが怖かったんだね」
「ずっと一生懸命守ろうとしてくれたんだね」
そうやって共感することで次第に恐れや不安でいっぱいだった心が緩み、ようやく自分自身に寄り添うことができたのです。
思い込みを、今の自分に合った言葉に書き換える
そこで私は、自分の思い込みを別の表現に変えてみることにしました。
「私は無能である」という言葉を、別の形で表すとどうなるのだろう。
そう考えて出てきたのが、この言葉でした。
「私は仕事ができたとしても、仕事ができなかったとしても、ありのままの自分を愛する存在である」
この言葉に変えたとき、とても自然体な自分を受け入れることができたのです。
仕事のことが頭から離れない時にまず試してほしいこと
では、仕事のことが頭から離れないと気づいたときにはどうすればいいのでしょうか。
深呼吸をする、紙に思いついたことを書き出す、なども有効ですが、自分にこんな問いかけをしてみてください。
🖊 自分への問いかけ
「仕事のことを考え続けることで、私は何を得たいのだろう(避けたいのだろう)」
「今向き合いたくないことから目を逸らしている」のかもしれません。あるいは「ミスや失敗を避けて安心するため」に、思考をフル回転しているのかもしれません。
あなたの無意識の目的に気づくこと。それが、客観的に自分の状態を知り、反芻思考が楽になるための最初の一歩です。
仕事のことばかり考えてしまう人へ
もし、休みの日でも仕事のことが頭から離れないとしたら。
その背景には、自分でも気づいていない「思い込み」が隠れていることがあります。
そしてその思い込みの奥には、何かの「おそれ」がある。
でも、その思い込みに気づいたとき、人は少しずつ自分を理解できるようになります。
自分を責める生き方から、自分を理解する生き方へ。
そんな変化が、静かに始まっていくのです。
あなたの奥にある声に、少しだけ耳を傾けてみてください。
もし一人では見つけにくいと感じるときは、誰かと一緒に探ってみるのも一つの方法かもしれません。
私も、これまで多くの方と一緒に、その人自身も気づいていなかった思い込みやセルフイメージを見つめてきました。
もし一緒に見ていきたいと思ったら、いつでもご相談くださいね。
\次の一歩を、一緒に踏み出しませんか?/
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