完璧主義をやめたいあなたへ|やめようとするほど苦しくなる「本当の理由」と楽になる考え方

こんにちは
自己理解、自己受容の専門家、
心理カウンセラーのマユです。
「完璧主義を、もうやめたい」
「頑張っているのに、なぜかどんどん苦しくなる…」
「完璧にできない自分が嫌いで、そんな自分が嫌になる」
あなたもこんな気持ちになったことはありませんか?
完璧主義をやめたい、と感じている方はたくさんいます。
そして多くの方が「やめなければ」と思いながら、なぜかやめられずにいます。
でも実は、「やめようとする」こと自体が、苦しさをさらに深めているとしたら?
この記事では、やめようとするほど苦しくなる本当の理由と、そこから楽になるための考え方をお伝えします。
この記事を読むことでわかること
✔︎ 完璧主義に疲れる本当の理由
✔︎ 「やめようとしてもやめられない」のはなぜか
✔︎ 私自身の体験と、楽になるための最初の一歩
ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
完璧主義をやめようとするほど苦しくなる理由

じつは、「やめなければ」という気持ちには、落とし穴があります。
「完璧主義をやめよう」と思う瞬間、私たちは無意識のうちに「完璧主義な自分はダメだ」と判断しています。
つまり、完璧主義をやめようとすること自体が、また自分を責めることになっているのです。
「完璧主義な自分はダメだ」→「でもやめられない」→「やめられない自分はもっとダメだ」
このループに気づいたとき、多くの方がはっとされます。
やめようとすること自体が、苦しさをつくり出していた。
では、どうすればいいのでしょうか。そのヒントは、完璧主義の「目的」を知ることにあります。
完璧主義には「目的」がある
アドラー心理学では、人の行動や思考には必ず「目的」があると考えます。
完璧主義も例外ではありません。
「完璧でいることで何を得ているのだろう」と深掘りすると、人によってさまざまですが、たとえばこんな目的が見えてきます。
- 失敗して、嫌な思いをしないため
- 人から批判されることを避けるため
- 準備をし続けることで可能性の中でいたいため
思いあたるものがあるでしょうか。
大切なのは、どれも「弱さ」ではないということです。
完璧主義は、今のあなたが自分を守るために、無意識に選んできた方法です。
だから、「やめよう」と思っても簡単にはやめられない。それは当たり前のことなのです。
自分への問いかけ
「私の完璧主義には、どんな目的があるだろう?」
「完璧でいることで、何を得たい(避けたい)のだろう?」
私自身の体験|「ドキッとする」の正体にようやく気づいた日
ここで、私自身の話をさせてください。
私自身も完璧主義だという自覚があり、アドラー心理学を学んでからは3割でやってみることなどを意識して取り組んでいました。
けれども、特定の状況の時には、何度も確認をしたり、時間がかかることがありました。
たとえば、仕事や専門的なことなどを教えてもらっている方に対して、分からないことを文章で質問させてもらうときや、返信の通知がくると胸がドキッとしていました。
内容を見たいはずなのに、見るときに緊張してしまうような、そんな感覚でした。
ずっと無意識だったものの、だんだんそのことに気づき、なぜなのだろうと思い始めたのです。
そこから、そのことに向き合いはじめ、ようやく気づいたことがありました。
分かったのは、私の考え方ややっていたことを否定されることへの恐れでした。
たとえばわからないことを質問をする際にも、詳細を伝えるために長い文章を書き、その文章がおかしくないかなどを何度も読み返して確認をしていました。
さらに、「それはどういうことですか?」と聞かれると、状況を詳細に説明をしようとしていたりもして、やりとりに時間がかかっていたのです。
じつは根底には「できない奴だと思われることへの恐れ」があることがわかりました。
でも、なぜそこまで恐れるのか。さらに深掘りしていくと、もっと深いところに言葉が見つかりました。
「私は能力がない人間だ」
自分でもはっとしました。
能力がないと、心のどこかで信じていたからこそ、「いつかバレる」という恐怖が常にあった。だから完璧でいなければ、とずっと自分を追い続けていたのです。
メッセージのたびにドキッとしていたのは、そのサインだったのだと、ようやくわかりました。
完璧主義には、ちゃんと意味(目的)があったのです。
感情に蓋をしているとき、心の中で何が起きているか
この気づきを得る前の私には、もう一つの癖がありました。
何かうまくいかないことがあると、すぐに「どうすれば改善できるか」を考えようとするのです。
感情を感じる前に、頭が動き出す。
悔しい、悲しい、怖い——そういった感情が出てきそうになると、それらを感じないように即座に対処をしていました。
ドキドキしながらメッセージを読んで、思っていた内容ではなかったとホッとしたり、あるいは、自分の正当性や状況を証明しようとしたりしていました。
どれも、自分ではその感情を感じないためにしているとは気づいていませんでした。
そうやって、感情を感じる代わりに、頭でどうにかしなきゃと考えて無意識にしていたのです。
でも感情は、処理されることを求めているのではありません。
ただ、気づいて感じてもらうこと、受け入れてもらうことを待っているのです。
感情に蓋をし続けると、心はどんどん疲弊していきます。
頑張るほど苦しくなるのは、この「感情への蓋」が積み重なっているからかもしれません。
自分への問いかけ
「今、何かを感じることを後回しにしていないだろうか」
「頭で解決しようとする前に、まず何を感じているだろう?」
楽になるための考え方
完璧主義をやめようとしなくていい、という言葉の意味が、少し見えてきましたでしょうか。
やめなくていい、というのは、このままでいい、ということではありません。
まず、完璧主義の「目的」を知ること。
そして、蓋をしていた感情に、気づいてあげること。
その順番を踏んでいくと、「やめなきゃ」という力みがほどけ始めます。
無理にやめようとしなくても、完璧主義で避けていたことは避ける必要がなくなり、自然に手放せるようになります。「しなければならない」から「どうしたいか」へ、少しずつ変わっていく。
それが本当の意味での自分との関係性を大切にする自己受容のアプローチです。
完璧主義な自分に気づくこと
では、具体的に最初の一歩として何ができるでしょうか。
難しいことではありません。
次に「また完璧主義が出た」と気づいたとき、責める代わりに自分の心に寄り添って優しく声をかけてあげてください。
「あ、また完璧にしなきゃと頑張っていたな」
「できないやつだって思われるのが怖かったよね」
完璧主義というのは、ずっとあなたを守ろうとしてきた、無意識の頑張りです。
責める対象ではなく、長い間一緒に戦ってきた味方として、「完璧になっちゃうよね」と受け入れてあげてください。
私自身も、「能力がない」という思い込みに気づいたとき、そんなこと思っちゃう自分はダメだと責めるのではなく、こう思いました。
「ずっと、バレるのが怖かったよね。私のことを守ってくれてありがとう」
その瞬間、長い間張り詰めていた何かが、静かにほどけていく感覚がありました。
まとめ|完璧主義の目的に気づくことで緩めることができる
完璧主義に疲れているとしたら、それはあなたがずっと一生懸命だった証拠です。
やめられないのは、意志が弱いからではありません。
完璧主義には、今のあなたにとって大切な「意味」があるからです。
その意味に気づいたとき、ありのままの自分を少しずつ受け入れられるようになります。
責める生き方から、自分に寄り添う生き方へ。
その変化は、「やめよう」と頑張ることからではなく、自分の完璧主義に「そうか、意味があったんだね」と気づくところから始まります。
あなたがここまで読んでくださったこと、それ自体が、もう一歩踏み出している証です。
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